Category Archive: 坐禅

5月
24

坐禅(メディテーション)の役割

 

(1)坐禅の根本

心の広がり

心の広がり

坐禅は座禅、止観、三昧などの名称で呼ばれているが、英語ではメディテーションである。坐禅は特定の教義や宗旨に基づく行為ではないと言える。

なぜなら坐禅は、3大宗教が創始された時から2,000年以前に遡り、すでに存在していたことが明らかとなっているからだ。それはBC2,500年のモヘンジョダロ遺跡から発掘された、坐禅を形取った印章からも裏付けられる。
従って宗教の一要素として坐禅が発生したのではなく、坐禅が 3大宗教にとっても、重要な要素であることを示しているのではないだろうか。

坐禅は類人猿の行為としては存在しない。人類は社会化が進むと共に、坐禅の必要が生じてきたと考えられる。そして都市文明の開始と共に、さらに坐禅の必要性が高まってきたのではないだろうか。

社会の単位が巨大化して、社会の規模が地球と一体化したのが現代である。そこに生きる私たちが直面する問題とは、個人の問題であっても、常に自己と社会との両面を併せ持った問題となる。

苦しみと楽しみ、悲しみと喜び、憤りと賞賛、嫉妬と誇り、不満と満足、人生と歴史、それらは全て自己と他者、社会との関係の上に生じる。
そうであるならば科学性と宗教性を同時に身につけ、自己の問題解決は言うに及ばず、社会の問題を解決することが人生だと観じることが必要となろう。

 

(2)自分自身の問題

自分自身の心の構造を理解することが、まず必要である。自分の心の状態を把握することで、相手の状態を理解することが可能となる。

自己の全体像

自己の全体像

意識の中心である自我は、論理の力で対象を理解する。それに対し無意識の中心である自己は、直感力で対象を理解することができる。絵画や音楽、陶芸作品を鑑賞するときには、直観力が作用していると考えられる。
意識の世界と無意識の世界を、コンプレックスが仲立ちをする。コンプレックスの存在によって、自分自身の全体像を把握することが可能となるのだ。
コンプレックスを自己の弱点と考え、克服するべき対象とするフロイドの考えは誤りである。

坐禅によって、私たちは直感力の存在を確かめることができる。
ブッダは菩提樹の下で、ムハンマドはヒッラー山の洞窟中で、イエスは砂漠の中で瞑想を行い、自我を超えた存在を直感した。それは直観力によってしか、把握のできない対象があることを示唆しているのではないだろうか。

 

(3)自分と社会の問題

その問題が本当はどうなのか、360°の視角から見た事実と論理で確かめる。

社会の問題は自分の問題だと受け止めるならば、自分自身が身近なところで、行動して示すことができる。
他人がどうかではなく、自分はどうするのかを意識しよう。

問題に対する自分の見いだした結論は、「ではないだろうか」と常に反問することによって、慢心を防ぐことができる。コンプレックスを自覚することによって、慢心は揺るぎない自信へと変貌する。

そして他人へ示す優しさが、自分のコンプレックスを投影したものではないかを確かめることが必要であろう。
「優しい言葉」を、遠くの人ではなく、自分に最も近い人にかけてあげてください。(ダライ・ラマの言葉)

慈眼院坐禅会の案内とルールはこちらです

 

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1月
08

坐禅の方法

坐禅の方法

坐禅の時間は3炷、約2時間です。

1炷ごとに休憩時間があります。

線香1本が燃え尽きる時間が1炷(いっしゅ)です。

 

足は安定するように組む、正座、椅子に座ってもかまわない。

あごを引けば、背筋が伸びる

下腹を前に突き出すよう力を込め、
背筋を伸ばして坐る。
あごを引き、ゆっくりと腹式呼吸を行う。
坐禅中は話さない、動かない。
なにが起こっても終わりまで続ける事が大切です。

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1月
05

今日の花

トタン小屋茶室を掃除して、軸を掛け替えた。柴山全慶老師の「隨處作主立處皆真」だ。臨済録の一句である。柳田聖山先生の講義を思い出す。努力はするが、常に実践するのは、とても難しい。

花は天野の散歩道で見つけた椿を、焼き締めの鬼の腕に入れた。

隨處作主立處皆真

隨處作主立處皆真 

鬼の腕に椿

鬼の腕に椿

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8月
28

一枚の水墨画

机の前に、一枚の水墨画を掛けている。雪村周継の風濤図だ。もちろん複製である。本物は野村美術館にあり、重要文化財に指定されている。雪村は戦国時代が始まろうとする室町末期に活躍した画僧である。

この風濤図は、帆船にとって最高度の緊張状態を表現している。
描かれている帆船はブロードリーチの強風を受けて、セールはぎりぎりまで、リーフされている。クルーもヘルムスマンも全て風上側にいる。リーショアとなる風下側の岬に描かれた木々の梢は、風向と強風を示している。岬に打ち付ける波頭は、このリーショアを乗り越えることに失敗すれば、帆船がどのような運命となるかを暗示しているかのようだ。
そしてこのリーショアさえ乗り切れば、その向こうには少しは安全な海域が広がっているかもしれない、そんな希望も抱かせる。

雪村はおそらく、帆船の乗り方を何らかの形で知っていたに違いないと考えてよいだろう。

図から甦るぎりぎりの緊張感、それはまさにヨットの醍醐味と相通じるのではないだろうか。絶体絶命のピンチに遭遇した時に、ヨットの技量も人間の度量も試されることになるのだ。

人生は危険に満ちている。生きていることが、すでに危険性を内包しているのだから、安全なことばかり求めていては、つまらない人生となろう。そんなことを、この風濤図を見るたびに考える。

 

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11月
13

Konnichiwa Yoh Sensei

I saw Bob Diamond today, I will start teaching at his school next year.

I hope you both are well.  I hope to see you in Las Vegas next year!!!!

Maybe you could stop over in the S.F. Bay area, we’ll take you for a sail on the Bay!!

http://zensekai2.wordpress.com/2010/11/13/6-yr-trip-complete-6-month-voygage-plans/

Yoroshiku

Fuu

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9月
27

Fuu-sanの新しいヨットZen Ⅱが進水

今春に来日したFuu-sanから、嬉しい知らせが届いた。新しいヨットZen Ⅱが進水したとのことだ。新しいヨットは、32フィートのカタマランだ。Fuu-sanはこのヨットで日本への航海を計画している。

艇名のごとく、Fuuさんは温かい寛容な人柄で、とてもつきあいやすい。世の中が厳格さへ傾きバランスを失いつつあるときに、Fuuさんが一人の米国人として示している、その真摯な態度は、とても共感を覚える。

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7月
12

Fuuさんから届いた贈り物

Fuuさんは、カリフォルニアの在住で太極拳とカンフーの先生だ。
Sonoma禅センターのTシャツを送ってくれた。気にしていてくれて、嬉しい。

Fuuさんはヨット乗りでもある。ASAのヨットインストラクターとしても、サンフランシスコ・ベイで活躍している。自分のヨットは「ZEN」と名付けている。2012年には、「ZEN」で日本へ向けて船出する計画だ。

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4月
18

Fuuさん、Chieさん達と慈眼院を訪ねる

カリフォルニアから、Fuuさんと奥様のChieさんが訪ねてきてくれた。
Fuuさんは太極拳とカンフーの先生だ。今回の日本訪問は、東京で行われる弓道の大会に出場するのが、目的の一つとのことである。
Fuuさんのヨットは「ZEN」と名付けている。ASAのヨットインストラクターとしても、サンフランシスコ・ベイで活躍している。2012年には、「ZEN」で日本へ向けて船出する計画だ。

青木ヨットのオフィスは、りんくうタウンの田尻マリーナにある。一緒にすし定食を食べたあと、慈眼院へ向かった。
慈眼院の駐車場では南寿明和尚様が、待っていてくださった。本堂と多宝塔をご案内いただく。明日の行事を前に、忙しく働いておられる最中だった。思わず二人で合掌する。
国宝である多宝塔は、屋根の葺き替え工事中だ。シートに覆われている。重文の金堂を二周して、十分に拝観させていただく。Fuuさんは、古い建物がとてもすきとのこと。写真を撮りまくっている。

慈眼院を出て、散歩しながら樫井川へ向かう。細い道筋は桜の花びらで一面の絨毯となっている。

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