Category Archive: 月例坐禅会

2月 07

慈眼院月例坐禅会に参加

仕事が遅くなり、慈眼院の本堂へ入ったのは、7時を過ぎていた。ちょうど長野さんが、新しく来られた2名の方に説明をされているときであったので、1炷目に間に合った。

本堂の中は、凍るような冷たさだ。しかし呼吸が落ち着くと、寒さは感じない。経行の時は、畳の冷たさが裸足の裏にひびく。3炷目はとても落ち着いて坐れた。月に一度であるが、バランスを保つためには、欠かせない。

終了後は、寿明和尚様にご挨拶をして、書院でおかゆを頂く。部屋の中は、テーブルも温かくなっている。

昨年一年間は、参加者が持ち回りで、般若心経の見解発表を行ってきた。その資料を冊子にするため、一同でページ組を行う。

来月の坐禅会は、第2土曜日の3月13日に決まった。開始は1900時だ。

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1月 01

慈眼院・坐禅会2010年テーマ、発表スケジュール

  • 2010年のテーマは白隠禅師の著作といわれる坐禅和賛をとりあげる。
  • なお坐禅和賛を討議する参考書として、柳田聖山著「禅と日本文化」を使用している。
  • 以下がその本文であるが、白隠禅師の著作かどうかについては、研究者による異論が提起されている。
    ここではひとまず、坐禅和賛として流布されている以下の内容について、テーマとして取り上げていくことにする。

(4/3)小河
衆生本来仏にて     水と氷の如くなり
水を離れて氷なく    衆生の外に仏なし

(5/22)片桐
衆生近きを知らずして  遠く求むるはかなさよ
譬えば水の中に居て   渇と叫ぶが如くなり
長者の家に子となりて  貧里に迷うに異ならず

(6/5)(井内)
六趣輪廻の因縁は    己が愚痴の闇路なり
闇路に闇路を踏みそえて いつか生死を離るべき

7月10日(松田)
夫れ摩訶衍の禅定は   称嘆するに余りあり
布施や持戒の諸波羅蜜  念仏懺悔修行等
その品多き諸善行    皆この中に帰するなり

8月21日(花本)
一坐の功を成す人も   積みし無量の罪ほろぶ
悪趣何処にありぬべき  浄土即ち遠からず

9月4日(宮本)
辱くもこの法を     一たび耳に触るるとき
讃嘆随喜する人は    福を得ること限りなし

10月9日(長野)
況や自ら廻向して    直に自性を証すれば
自性即ち無性にて    已に戯論(けろん)を離れたり

11月6日(吉田)
因果一如の門ひらけ   無二無三の道直し
無相の相を相として   往くも帰るも余所ならず

12月4日(柴田)
無念の念を念として   歌うも舞うも法の声
三昧無礙の空ひろく   四智円明の月さえん

1月15日(青木)
この時何をか求むべき  寂滅現前する故に
当処即ち蓮華国     この身即ち仏なり

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12月 07

座禅会、今年の最終日

12月5日、慈眼院で今年最後の坐禅会だ。毎回参加しておられる長野さんをはじめ、3人が欠席ときいていた。一人で坐るのかなと思っていたら、片桐さんと他の2名の方が来られた。
今日の線香は、梅栄堂の九重を使う。ダライ・ラマの金剛鈴の合図とともにはじめる。経行(きんひん)のときに、畳の冷たさを感じる季節となった。三炷(さんしゅ)を終える。お寺から拝借していた座布団を片付け、書院へ移る。

今年は一年間かけて、参加者が毎月交代で、般若心経の一行ずつを読んできた。担当する行を調べ、自分の見解を述べる。その後に全員でディスカッションをする。人によって解釈も、受け取り方も違うのがわかって、とても面白い。自分の解釈が偏っていたことがわかる。
参加者にとっても、唱えているだけであった般若心経が、身近に感じるとのことだ。1月9日の月例坐禅会では、来年のテキストを選びたいと思う。

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9月 06

09/06:慈眼院での月例坐禅会

昨夜は月例坐禅会が、泉佐野市日根野の慈眼院であった。仕事で遅くなり、会場へ到着したのは、始まる直前であった。
本堂へ上がるときに驚いた。履き物が10足並んでいる。いつもは4,5人なのに、どうしたのだろうか。初めて参加される方が、4人待っておられた。まだ2,30代の方々のようだ。

坐禅の姿勢と呼吸法をご説明し、早速開始する。夜になってもまだ暑い。開け放しているが、蚊には悩まされない。事前に蚊取り線香をあちこちに焚いていただいているからだ。
2炷目からは、梅栄堂の線香になった。仏前に焚いていただいている抹香と混じり合い、薫香に体が包まれる。
3炷が終わり、書院へ一同で移る。和尚様がご挨拶に出てきてくださる。テーブルには、温かいおかゆをご用意いただいている。和尚様が自ら給仕されるので、恐縮の限りだ。自己紹介をしながら冷たいお茶をたっぷりと注ぎ、お菓子とともに頂く。

食事後は、般若心経の輪読と、解説を当番が行う。持ち回りで1行ずつの発表を重ねてきたが、あと2行を残すのみとなった。
その発表に対して、参加者全員でディスカッションを行う。初参加の方からの質問が興味深い。「仏て、いったいなんですか」
いったいどんな答えを期待しておられるのだろうか。根源的な問いならば、「空」や「さとり」を、いくら解説しても始まらない。
その問いを、次回も発してもらえることに期待しよう。

満月で足下が明るい。

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6月 07

月例坐禅会

昨日の坐禅会は、8名の参加者であった。ちょうど良い季節だ。坐禅は十分に深まった。慈眼院の門内には、大山蓮華が植わっている。ちょっとのぞくと、つぼみがまだ2,3残っていた。暗闇に開く白い花と芳香は、たまらない。書院との境に流れる溝には、蛍が舞っている。昔はいくらでもいたとのことだ。
書院では、お寺のご厚意で、玄米がゆとお茶をいただく。坊ちゃん団子のデザートも、一同で賞味させていただいた。
今年から坐禅後に般若心経について、ディスカッションを始めた。一行づつ担当を決めて発表し、その後に各自が意見を述べる。皆の違いが、そのままおもしろいなと思う。和尚様も加わっていただけるので、話が深まる。貴重な3時間であった。

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