Category Archive: お茶

1月
18

散歩道の花

暖かな休日だ。近所を散歩する。道の傍らには、もう初春の花が開いている。水仙はあちこちに植わっている。良い香りが漂ってくる。道ばたの蝋梅と椿は枝振りを選び、勝手に切らせてもらう。家に帰って、さっそく活ける。水仙を入れた焼き締めの鬼の腕は、泡盛の酒瓶だ。

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1月
05

今日の花

トタン小屋茶室を掃除して、軸を掛け替えた。柴山全慶老師の「隨處作主立處皆真」だ。臨済録の一句である。柳田聖山先生の講義を思い出す。努力はするが、常に実践するのは、とても難しい。

花は天野の散歩道で見つけた椿を、焼き締めの鬼の腕に入れた。

隨處作主立處皆真

隨處作主立處皆真 

鬼の腕に椿

鬼の腕に椿

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11月
22

お茶の稽古に励む

今日は先生にトタン小屋まで来て頂き、お茶の稽古に励んだ。

1週間前から準備にかかる。炉中に灰をふるって入れ、釜の据え付ける高さを調整する。席や水屋に掃除機をかけ、ぞうきんで拭く。炭 を水洗いして、乾かす。炭はよく洗っておかないと、切ったときの粉がたまっていて、パチパチはぜるので危ない。

道具を調べる。水指は伊作の南蛮手を使おうと思ったが、底からじわじわと水が漏る。芋頭に取り替えた。竹の蓋置きは風炉用しかないが、これで許してもらおう。床には南嶺和尚の画賛、李白の句をかける。後座の花は、寒菊と照り葉にした。朝に近所を散策したとき、勝手に切らせてもらう。花入れは森岡百合子の朝鮮白磁を使う。
鉄板の天井裏がむき出しの席であるが、それなりの雰囲気だ。

自分を省みるいとまもない毎日であるが、休日にほっと一息つけるのは、とてもありがたいことだ。

 

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10月
26

札幌はすでに秋が深い

ホテルに隣接する中島公園を散策する。楓や桜はもちろん、ナナカマドも赤々と紅葉している。時雨がくると、風がいっそう冷たくなる。もうすっかり秋が深い。

公園内の茶室を見学する。遠州好みの八窓庵だ。窓の外側はガラスで覆ってあるので、席中を覗くことができる。ガラスは風と寒さを防ぐ工夫でもあろう。つくばいの周囲は、2種のササだけを植えて、あっさりとしている。露地全体も植え込みが少なく、おおらかだ。春から秋は、気持ちの良い席だろうと、想像する。

 

 

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8月
21

トタン小屋で初めてのお茶

あり合わせの材料で作ったお茶室へ、初めて友人3名を招いた。気楽な友人だけなので、形式を離れた楽しいひとときを味わうことができた。しかしそのように受け取るのは、油断だ。亭主の独断と考えておこう。

友人のブログに、当日の写真が掲載されています。

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6月
25

途端葊(トタン小屋)お茶日誌

お茶はおもしろい。ヨットと同じくらいに、おもしろい遊びだ。

お茶を飲みに来て頂くために、稽古をする。たかが一服のお茶であるが、おいしく飲んでもらうのは、とても難しい。

お茶の味がおいしいことは、無論である。しかしそれだけでは十分ではない。一緒にお茶を飲み、お話をして満足をしてもらうために、わざわざきて頂くのだ。
来て頂く相手の性格、環境、仕事、家族、そんな背景を考えて、できる限りの誠意を尽くす。

誠意は通じるときも、通じないときもある。通じなかったときは、それを自分の力不足と受け止めることで、上達を図ることができる。通じないのを相手のせいにすることは容易だ。しかしこれでは自分が情けない。ヨットも同じだ。思ったように走れないのを、クルーやヨットのせい、風のせいにしている限り、向上は望めない。
しかしながら誠意を、反対に受け取る人がいる。そんなときは、そのような人もいると受け止めて、付き合わないことにする。限りある人生に、つまらない人と付き合う必要はない。

柳田宗葩(そうは)先生の柴門庵は、京都鷹峯にあった。28才からの6年間、稽古に通った。毎週土曜日は始発電車に乗り、一番乗りをした。すると先生の点前で一服頂けるからだ。

その後大阪で、黒田宗光先生の白珪会に加えて頂き、稽古を続ける。しかし先生は2009年8月8日に逝去された。

お二人の師匠は、対称的な茶風であった。柳田先生は禅茶を追求されていた。稽古場は禅道場のような清潔さと静けさである。10名未満の弟子へ、禅に関わるお道具を使い、厳しい点前を示される。

それに対し黒田先生は、社会性を求めておられた。全国に300名を超える門人がいた。大阪の稽古場は、ビルの中に作られていた。高校、大学での授業も行われた。外国製の見立て道具をよく使われている。点前は、実に麗しい。人に不快感を与えない点前を追求されたとのことだ。

二人の師匠に恵まれた私は今、トタン小屋で自分にできるお茶を楽しんでいる。

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3月
02

お茶を一服

今日は久しぶりの休日だ。潮風にチェーンがさび付いていた自転車を修理した。ブレーキワイヤーも交換してもらったので、とても軽やかに走る。

会社から自転車で戻って、自宅で一休みだ。花を入れて香を焚く。軸は南嶺和尚の坐久落花多、眼前の藪椿は開いて今にも落ちそうに思える。

茶碗は森岡成好さんのマグマを使う。石粒の混ざった土が強烈な炎に焼かれた、荒々しい姿であるが、見込みには灰が降り落ちて溶けている。茶筅は意外にスムースに動くので、とてもたてやすい。お菓子は面影だ。遠くから集まってくれた人たちを思い出しながら、つかの間の一服を味わう。

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