ヨット

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キャプテン・クックの列聖に共感

友人の原木さんが、新聞書評の切抜きを送ってくれた。早速アマゾンで、中古本を注文した。スリランカ人の著者の怒りに共感する。
Capt Cook

「アジア内海」の大航海時代を担った帆船の航海技術

昨年から沖縄で行ってきた調査結果が、名古屋市立大学22世紀研究所から公開された。

論文のタイトルは「アジア内海」の大航海時代を担った帆船の航海技術 です。日本は農業国と考えられてきたが、実は中世からすでに貿易国であった。ヨーロッパの大航海時代以前から、アジア内海では貿易に使われていた帆船の航海技術が、すでに確立されていたのではないか。琉球王国時代の絵図を読み解く調査を通じて、次第に明らかとなってきました。

以下のリンクからダウンロードできますので、ぜひご覧ください。

日本語版
http://id.nii.ac.jp/1124/00000942/
英語版
http://id.nii.ac.jp/1124/00000949/
名古屋市立大学22世紀研究所
http://www.nagoya-cu.ac.jp/2315.htm

asia-inland-sea

ベトナムの古い港町ホイアンへ・1

お正月休みを利用して、ベトナム中部の古い港町であるホイアンを訪ねた。旧市街が世界遺産に登録されて以来、ホイアンは観光地としても名高い。
ホイアンはホーチミンやハノイと同じく、デルタ地帯の河口に形成された港町だ。江戸時代初期には、日本との御朱印船による交易港の一つとして栄えた。当時は日本人町が形成され、600人くらいが住んでいたという。中華街との間に架けられた、日本橋と呼ばれる木造橋が現在も残っている。博物館には日本からもたらされた染付が、多数展示されている。ホイアンから輸出された陶磁器は、焼き締め陶も磁器も安南と呼ばれ茶器として使われた。当時の安南茶器は、現在でも数多く日本に残っている。
遊び半分で博物館を見て回る。ハンネラの水差しも無造作に展示している。
次の日は小型船をチャーターして、河口まで連れていってもらうことにした。シングルプランキングの木造艇だ。エンジンは横型のディーゼルだ。クランクを手動で回せば、一発でかかる。デルタの河口は日本の河川とは水流が全く異なる。川の流れはないかのごとくだ。むしろ潮汐による潮流の影響のほうが強い。上げ潮流を避けるためか、小型船は本流を避けて、脇の水路を4ノットほどで河口へ向けて下っていく。建設中の河口を跨ぐ巨大な橋を越えると、うねりが入ってきだした。ホイアンへの目印である灯台が河口の洲の中ほどに見える。
「もう戻っていいですか」
「はい、戻ってください。ところでここの水深は何メートルですか」
「3mです」
帰途は川の本流を走る。御朱印船の人達と同じ気分になってくる。外海から河口へ入った途端に波はなくなる。当時も入港は嬉しい瞬間だったことだろう。
「ここは何メートルですか」
「2mです」
そのうちホイアンをヨットで訪れることになるだろう。往復3時間かかった。チャーター料は3500円だった。

亀岡の、みずのき美術館を訪問した。

楽々荘で待ち受けていたのは、とんでもなく面白い人との出会いだったが、その話はまたの機会にしよう。
旅館を出た後、すぐ近くのみずのき美術館を訪問した。商店街をゆっくりと通るが、どこに美術館があるのかわからない。パーキングに止めて、歩いて探しに行く。商店街の散髪屋のとなりに、控えめな看板を見つけた。隣の民家らしい建物に、みずのき美術館と書いてある。
一階には木造の小舟が展示されている。5mほどの小舟は、保津川のあゆ舟を復原したものらしい。舟はアメリカ人の船大工、ダグラス・ブルックスさんが、見習いの日本人とともに建造したとのことだ。建造中のビデオが館内で放映されているので、構造や工法がよくわかる。工法は和船と同じく、船釘を使ったはぎ合わせとなっている。平底なのは川を航行するので、喫水を浅くする必要があったためだろう。
現在保津川下りに使われている舟は、FRP製であるが、このあゆ舟と同じと言っていいほどの類似した船型を持っている。保津川はかって、木材、炭や薪、農産物を京都へ供給していた流通路の一つだった。保津川下りをしてみて、実感することが出来た。川の水量に応じた航路が、昔から川の中で決まっているようだ。途中に現れる目立つ石には名前をつけて、航行の目安としている。嵐山まで下り、帰りは川辺の石の上に設けた細道を伝って、引いて戻ったとのことである。
近代までの輸送機関は船舶であった。保津川下りの舟でさえも、24人の積載量である1.2トンを搬送できる。馬は80kgがせいぜいだから、小舟でも15倍の貨物を運搬できる。舟は積み下しのために、港を必要とする。港は人が集散する場所だ。
それが中世、近世において港町亀岡を形成してきたのではないだろうか。

 

「旧暦と暮らす」を読む

「旧暦と暮らす」はヨットで世界一周した建築家、松村賢治さんの著書だ。松村さんは南太平洋教会の理事長でもある。南太平洋教会は旧暦カレンダーを発行している。旧暦カレンダーがあれば、月齢が分かる。月齢から現地の潮時を知るための、算法を勉強したいので購入した。
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