22世紀研究所・ヨット

あほうどり会の始まり

2003年11月10日・・・友田享助君のサポーターになってくださった皆様、本当にありがとうございました。同君は2003年10月17日1525時(現地時間)に無事、サンフランシスコへ到着しました。
到着の様子は現地の新聞、記事つづくや国内の新聞などでも大きく報道されました。
これも暖かくご支援下さった皆様のおかげと存じます。改めて本人からお礼を申し上げることと思いますが、後援会会長としまして、心から感謝申し上げます。また友田君の歓迎会を12月14日の1400時から、田尻マリーナで行います。どうぞお越しをお待ちしています。
友田享助後援会 青木洋

2003年10月15日・・・会員の深澤一正さん、個展を開催。10月21日から11月2日まで神戸北野Pocket画廊(078-26-9140)で。25日朔月の透明な宵は、月の試食による不可視な観月会を催します・・・。
2003年9月15日・・・10月5日、万博記念公園で信天翁二世号のお披露目イベントを開催。
皆様、あほうどり会へのサポートをありがとうございます。おかげをもちまして、今春、信天翁二世号は無事修復を終え、蘇えりました。
このたびヨットが保存されている万博記念公園で以下の通り、お披露目のイベントを万博記念協会と共に開催することになりました。
世界に誇る冒険艇を是非この機会に、見に来てやってください。お誘い合わせの上お越しいただけますのを、お待ちしています。
★日  時・・・2003年10月5日(日)1000時から1600時
★場  所・・・万博記念公園(当日は公園入場は無料開放されます)
★イベント・・・ヨットの内部公開、青木洋の著書「海と僕の信天翁」再版記念サイン会、世界一周時の写真パネル展示、
青木が指導した精華高校生による自作ヨットのセーリング、太平洋横断中の友田享助君と、公開無線交信

2003年9月15日・・・10月12日、会員の田中裕樹さん、さんしんコンサートに出場
涼風ぬ唄舞・・・琉球舞踊とさんしんを味わいませんか。大阪厚生年金会館で、開催されます。会場は1時からです。詳しくはこちらをご覧下さい。
2003年8月21日 あほうどり会の掲示板が現在書き込みできない状態となっています。
原因がわからないので、現在調べています。書き込みを行っても、削除されましたと表示されます。書き込まれた内容はメールで事務局へは届いているのですが・・・。どなたか原因をおわかりでないでしょうか。
・・・ようやく復旧しました。ドメインの移行に伴って、cgiデータの移動が不適切でした。サーバー会社に調べてもらい原因がわかりました。

2003年8月21日・・・あほうどり会のホームページアドレスが、8月18日からwww.aokiyacht.com/ahoudoriへ変更。
役員会の決定によりサーバーのレンタルを停止し、青木ヨットのエリアへ移動することになりました。当初のドメイン転送設定がうまくいかなかったため、しばらくホームページへつながらない状態が続きました。現在はドメイン名のwww.ahoudori.netからも転送になっていますので、従来どおりに復帰しています。
ご迷惑をおかけしました。青木
 2003年7月13日・・・ 会員の福田武先生と中西真理さんが、ふれあい港館ワインミュージアムでパリ祭前夜祭ディナーショーを開催。
中西真理さんのすてきなシャンソンと、福田先生のシルクロードの楽しいワインのお話があります。会費は10000円です。詳しくはこちらをご覧ください。(掲載日6月2日)
 2003年5月10日・・・ 信天翁二世号の作業ボランティアもしてくれた友田享助さんが、8月2日に太平洋横断航海へ出航することになりました。六分儀を使う天文航法での航海は、他の類似航海とは違って、大きな冒険といえましょう。夢をともに味わうために、このほど後援会ができました。みなさん是非、入会してください。(掲載日5月12日)
2003年4月30日-5月6日・・・多田理・瀧田史宇の木と陶の作品展が大阪うめだ阪急6階美術画廊で開催されています。会員の多田さんは大阪府貝塚市の山中にある風工房で、注文家具の製作を行っています。(掲載日4月25日)
2003年4月19日・・・あほうどり会会員のいずのさんが4月19日、コンサートに出演!「イタリア音楽とワインの夕べ」に行ってみませんか。大阪南港ワインミュージアムで開催。(掲載日3月25日)
2003年4月9日 ・・・万博記念協会で、お披露目。青木洋が単独で世界を一周したヨットは、最小艇の記録として、ギネスブックに掲載されています。万博記念協会へ永久保存されてから28年がたち、損傷が激しくなっていました。作業ボランティアの皆様のご協力も得て、このほど修復が完了しました。おかげさまでヨットは見違えるように美しくなりました。近くへ行かれたときは、是非見に行ってください。
多数のご出席をいただいて、4月6日に田尻マリーナで「あほうどり会」によるお披露目の会がありました。そして9日には無事万博記念協会へ戻りました。万博記念協会による式典も盛大に執り行われました。協会としては今後、記念公園の名所となるようにしていきたいとのことです。その模様は全国のNHKテレビニュースや朝日新聞、読売新聞など各紙で大きく報道されました。(掲載日3月31日)
2003年4月7日 ・・・あほうどり会会員の吉田さんが4月7日、守誠先生の講演会「英語をモノにするヒント」を大阪梅田で開催します。守先生は会の発起人のお一人です。詳しくはここをクリックしてください。(掲載日3月25日)
2003年4月6日 ・・・あほうどりに集まれ!蘇った信天翁二世号をお祝いするため、万博公園へ戻る前に田尻マリーナで、記念パーティを開くことになりました。ぜひご参加ください。詳細はこちらへ。(掲載日3月6日)
2003年2月3日・・・信天翁二世号、田尻マリーナで修復始まる。作業ボランティアの皆様の参加で、作業がはかどる。作業経過は別のページで紹介中です。
2003年1月28日・・・万博協会と合意に達し、修復作業を行った後は再び万博記念公園で展示されることが決定。朝日新聞で報道される。
2002年12月3日・・・中村会長と青木洋氏が万博協会担当者と会談し信天翁二世号修復についての協議が行なわれましたのでご報告いたします。
あほうどりの会(以下、あ会)と日本万国博覧会記念協会(以下、協会)とのやりとり

(あ会)今年中には協会としての何らかの回答を、あほうどり会に対していただきたい。
(協会)今年度の予算で何とかできないか、担当部署としても努力をしているところです。財政が厳しい時なので、思うように予算化が出来ない状況だ。
(あ会)会としては当初から1年が経過する3月中には、協会の努力で修復にこぎつけていただきたいと要望したい。我々としても協力は惜しまない。
(協会)担当窓口としても寄贈いただいた、貴重なヨットに対する責任は痛感している。こちらからも協力をお願いしたい。
(あ会)会が設立されたのは、世界に誇るヨットの修復が目的である。
一日も早く修理にかからないと、傷みが益々激しくなっている。これでは信天翁号が、かわいそうだ。恥ではないか。
(協会)単に外観を修理するのではなく、実物で無いと意味が無くなる。製作者の青木さんにも協力をいただいて、早期に実現してゆきたい。
(青木洋氏) 修復については製作者しかわからない技術的な面もあるし、協力は惜しまない。

2002年11月4日 ・・・あほうどりの会Vol.1が日本万国博記念公園:日本庭園「茶室汎庵」「茶室万里庵」にて盛大に開催されました。
当日の様子をアルバム写真でご覧下さい。
2002年10月4日・・・日本万国博記念協会へ中村会長・矢田貝副会長が赴き、要望書を提出する。
また、4人の方々にあほうどりの会顧問に就任して頂きました。
藤木 高嶺(大阪国際女子大学名誉教授)
上田 昭三(関西大学名誉教授)
南 揚道(慈眼院住職)
西浦 栄一(田尻漁業協同組合長)
2002年7月14日・・・「あほうどりの会」設立パーティーが田尻マリーナで開催される。 / 朝日新聞にその動きが伝わり再び掲載された。
青木洋氏 後日談
『お忙しい中を多数の皆様がご出席くださって、あほうどりの会の設立パーティが無事終わりました。
ご夫妻で出席くださいました上田昭三先生のご挨拶には、思わずほろりとさせられました。
司会を務めて頂いた矢田貝さん、おいしい料理をつくってくれた田中さんご夫妻、素敵なギターで盛り上げていただいた吉井さん、
持って来てくれたワインが飲み干されてしまったベビトーレ会の皆さん、そして会長をお引き受けくださった中村さん、有難うございます。
私は二日酔いですが、台風対策用のロープをとり終えたところです。これからもよろしくお願いします。』
2002年6月23日・・ ・世話人3名と青木洋氏が田尻マリーナへ集まり、以下の案を進めることにした。
1) 会の名称は「あほうどりの会」とする。
2) 会の目的は、まず信天翁二世号の修復を目指すが、それにとどまらず、修復後の保存を継続的に行うための活動を続ける。
3) 発起人にご就任いただけるよう下記の皆様にお願いする。
4) 設立パーティを7月14日10時から田尻マリーナで開催する。
5) あほうどりの会として、独自のホームページを開設する。
6) サポーター会費は年度会費として1000円とする。
7) 修復工事のための資金は、サポーター会費とは別に募金をお願いしていく。
2002年6月 8日 ・・・有志14名が田尻マリーナへ集まり、世話人4氏(中村茂夫・矢田貝卓宏・田中裕樹・服部和生)を選び今後の進め方を一任した。
2002年4月 6日・・・万博公園内の信天翁二世号へ有志10名が集まり、現況を視察した。
2002年3月20日 ・・・日本万国博記念協会へ中村茂夫委員長が赴き、担当者と修復について相談する。日本万博記念協会へリンク
2002年3月10日 ・・・田尻ヨットクラブの総会で、保存に対応するために委員会を設ける事を決議。 委員長には中村茂夫さんが就任。
2002年3月5日 ・・・朝日新聞声欄へ上田昭三先生の投稿が掲載される。

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