22世紀研究所・ヨット

途端葊(トタン小屋)お茶日誌

お茶はおもしろい。ヨットと同じくらいに、おもしろい遊びだ。

お茶を飲みに来て頂くために、稽古をする。たかが一服のお茶であるが、おいしく飲んでもらうのは、とても難しい。

お茶の味がおいしいことは、無論である。しかしそれだけでは十分ではない。一緒にお茶を飲み、お話をして満足をしてもらうために、わざわざきて頂くのだ。
来て頂く相手の性格、環境、仕事、家族、そんな背景を考えて、できる限りの誠意を尽くす。

誠意は通じるときも、通じないときもある。通じなかったときは、それを自分の力不足と受け止めることで、上達を図ることができる。通じないのを相手のせいにすることは容易だ。しかしこれでは自分が情けない。ヨットも同じだ。思ったように走れないのを、クルーやヨットのせい、風のせいにしている限り、向上は望めない。
しかしながら誠意を、反対に受け取る人がいる。そんなときは、そのような人もいると受け止めて、付き合わないことにする。限りある人生に、つまらない人と付き合う必要はない。

柳田宗葩(そうは)先生の柴門庵は、京都鷹峯にあった。28才からの6年間、稽古に通った。毎週土曜日は始発電車に乗り、一番乗りをした。すると先生の点前で一服頂けるからだ。

その後大阪で、黒田宗光先生の白珪会に加えて頂き、稽古を続ける。しかし先生は2009年8月8日に逝去された。

お二人の師匠は、対称的な茶風であった。柳田先生は禅茶を追求されていた。稽古場は禅道場のような清潔さと静けさである。10名未満の弟子へ、禅に関わるお道具を使い、厳しい点前を示される。

それに対し黒田先生は、社会性を求めておられた。全国に300名を超える門人がいた。大阪の稽古場は、ビルの中に作られていた。高校、大学での授業も行われた。外国製の見立て道具をよく使われている。点前は、実に麗しい。人に不快感を与えない点前を追求されたとのことだ。

二人の師匠に恵まれた私は今、トタン小屋で自分にできるお茶を楽しんでいる。

3 Comments to 途端葊(トタン小屋)お茶日誌

  1. […] from Japan sent to me by Yoh Sensei ( ありがとう ございました). It is from the Aoki Yacht Club in Osaka. It will be one of the destinations for my Pacific Eco Passage. It is one of my three […]

  2. ラーク艇長 より:

    トタン屋根ですか 風流の極み 金城さんの打ち放しコンクリートの茶室は未完です 思い出す儘に:金城次郎(初保さんに連れて行って貰った那覇のお店で求められたモダンな色合いの)と金城盛和(スクール生と一緒にカーズさんの山の家に招かれた時に選ばれた濃茶色の幾何学的な形の)の茶碗、その時は小生のお手前初体験、野趣溢れる肩の凝らない茶席で思い出深く残っています。

    • Aoki より:

      そうでしたね、初保と壷屋へ行きましたね。
      あの茶碗で、ラ-ク艇長に一服さしあげたいものですね。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です