22世紀研究所・ヨット

沖縄の県立博物館を訪問

関空からマイレージを利用して、那覇へ行く。那覇からはレンタカーで糸満へ直行する。青木ヨットから購入頂いた信天翁24が2隻、糸満フィッシャリーナに係留されているので、まず見に行く。サバニ・ヘンサーも保管してもらっている。みな異常はなさそうだ。

糸満と言えば、海人(うみんちゅう)のまちだ。海人であった上原初保も、玉城剛も、もう亡くなってしまった。挨拶も抜きに、まず結論から述べる。彼らの言いたい放題の話は、いつも楽しみだった。琉球の船と航海を研究するきっかけは、彼らの影響を受けたからに違いない。

大航海時代と言えば、中世のヨーロッパを思い浮かべる。しかし中世の東アジアでは、ヨーロッパと並ぶほどの大航海時代が、繰り広げられていたのではないだろうか。その舞台は、ヨーロッパの地中海に対して、アジア内海と呼ぶべき大陸に沿った海域ではなかっただろうか。その仮説を確かめるために、文献調査を進めている。
中世のアジア内海で最も活躍したのは、琉球の船であることが、先達の研究によって明らかにされつつある。どのような船で、どのような操船術で、どのような航海術でその航海を行っていたのだろうか。日本は稲作が渡来して以来、農業国であったととされている。本当にそうなのか。日本の歴史と文化を航海者の視点から再考するために、琉球の航海と交易の歴史が糸口となるに違いない。その事前調査のために、沖縄県立博物館を訪問することが、今回の目標だ。

糸満の友人と久しぶりに再会して、夜は琉球料理で宴会だ。大城さんは漁船の造船所を経営している。慶良間へ修理に出張していて、今日戻ったところだ。崎山さんは県立博物館の館長と知人だそうだ。明日は同行してくれるという。

 

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