一つの人生
- 2010年 8月 23日
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ヨット・ヨットスクール・サバニ・坐禅・座禅・大阪・青木洋・ZEN
慈眼院坐禅会Meeting with your true self creates more peace and enjoyments on your life.
楽 亦 在 其 中
坐禅をして、何になる。坐禅は、なにかの得になるのか。本当の自己に出会うことは、幸せなのか。
あなた自身がその意味を解くほかはありません。坐禅はその一助となるでしょう。
「愛と慈しみこそ、まさに社会の礎となるものです。こうした感情を失ってしまうと、社会に恐るべき苦難をもたらします。人間の存続でさえ危機にさらされるかもしれません。」
「私たちは、生れ落ちた瞬間から、両親の保護と慈しみのもとに置かれますが、その後の人生においても、病で苦しんだり、年老いた時に再び他者の慈しみを受けることになります。一生の始まりと終わりに、これほどまでに他者からの慈しみにあずかっていながら、どうして他者に優しくしないでいられましょうか。」(ダライラマ)
一座の功をなす人も
積みし無量の罪ほろぶ
悪趣何処にありぬべき
浄土即ち遠からず
一座・・・一人座る(座禅)事。仏
功・・・・修行の効果。念仏の功。仏
も・・・・もまた。古
無量・・・数的、量的、空間的に無限。仏
罪・・・・悪。苦。宗教的に非難される行為。善男善女から非難される行為仏
ほろぶ・・絶えてなくなる 古
悪趣・・・悪い所。悪行の結果として受ける生存の状態。迷いの世界。
苦しみの生存。仏
浄土・・・煩悩の穢れを離れた清らかな世界。仏のおられる世界。極楽。仏
(仏・・・仏教語大辞典 古・・・古語辞典)
一人静かに座禅を組み、その修行の効果があらわれた人もまた、
今まで重ねてきた数多くの悪い行為や、(人生の)苦労が消え果ててしまう。
悪行や心の迷い、苦労などはどこにもないはずである。
言いかえれば仏のおられる清らかな世界は(自分自身の)すぐそばにある。
(花本 訳)
ひととき、心をおちつけて静かに座った人は
悩みごとなど実はなかったんだ、と気付くのです。
悪い出来事など一体どこにあるというのでしょう。
極楽は今ここにあるのです。
(臨済宗妙心寺派 松尾山 聖福寺 HPより)
陶芸家の森岡成好さん、由利子さんのファミリーが8月6日、田尻マリーナへ来てくれました。ヨットもやっていたとは聞いていましたが、一緒に海上へ出ると、風向の変化にも実に敏感です。ヨットの狭い船内で、料理当番もつとめていたとのこと、並大抵ではできません。森岡さんの思ってもみなかった側面を知ることになった一日でした。
由利子さんは、山登りを相当されていたようです。そのせいかどうか、初めて服用した船酔い止めに、眠くなってたまらないようです。
長年の友人も、新たな発見によって、さらに親しみがわきます。
私がいま愛用している茶碗は、森岡さんの作品の一つ、マグマです。
あ
夫れ摩訶衍の禅定は 大乗の禅は
称嘆するに余りあり いくら称嘆してもしきれないほどだ。
布施や持戒の諸波羅蜜 他人への施しや自分自身への戒め
念仏懺悔修行等 念仏や懺悔、他力の信心、自力の修行等
其の品多き諸善行 数々の善行があるが
皆この中に帰するなり それらは皆「禅定」の中に包括される。
<用語解説>
摩訶衍 大乗(Mahā〈偉大な〉yāna〈乗り物〉)という語は、『般若経』で初めて見られ、摩訶衍(まかえん)と音写された。大きい乗り物→大きい教え。
禅定 心を統一して瞑想し、真理を観察すること。またそれによって心身ともに動揺することがなくなった、安定した状態を指す。坐禅。
大乗仏教 伝統的に、ユーラシア大陸の中央部から東部にかけて信仰されてきた仏教の分派のひとつ。自身の成仏を求めるにあたって、まず苦の中にある全ての生き物たち(一切衆生)を救いたいという心、つまり大乗の観点で限定された菩提心(菩提(悟り)を強く求める心のこと)を起こすことを条件とし、この「利他行(自分の解脱よりも他者の救済を優先すること)」の精神を大乗仏教と部派仏教とを区別する指標としている。
持戒 戒を守ること。仏教において守らなければならない道徳規範や規則を守ること。
諸波羅蜜 諸々の波羅蜜。 彼岸(覚り)に到る行と解するのが通例である。玄奘以降の新訳では波羅蜜多(はらみた)は、仏教における菩薩(仏教において成仏を求める(如来に成ろうとする)修行者)の基本的な実践徳目である。六波羅蜜(ろくはらみつ)とは、布施、持戒、忍辱、精進、禅定、智慧のこと。「六度(ろくど)」とも呼ばれる。菩薩は、この六つの波羅蜜行の徳を蓄積して、遠い未来の生において一切智の正等覚者として無師独悟するといわれている。
※臨済宗 大光山 宝徳寺、ウィキペディア 参照
私の見解(松田)
よかった!知らせてくれたグレッグさん、塚本さん、ありがとうございました。ヨットには、遭難信号を衛星経由で通知するEPERBを搭載していたので、発見されたようです。
【毎日・ロサンゼルス支局】AP通信によると、ヨットで単独世界一周を目指し航行中、インド洋南方で10日に行方不明になった米カリフォルニア州の女子高校生、アビー・サンダーランドさん(16)が同日深夜、捜索中の豪カンタス航空機に発見された。同機の乗員がサンダーランドさんと無線で通信し、無事を確認したという。ヨットは高波に襲われた衝撃で破損し、漂流している状態という。救助用ボートが救出に向かっている。
出航前の記事はこちらから。
米国の友人から、悲しいニュースが届いた。とても心配だ。
カリフォルニアのマリーナ・デルレイから今年の1月23日に出港し、一人で世界一周中のエイビー・サンダーランドがマダガスカル島東のインド洋で6月10日から連絡を絶ったという。
無線機の故障であって欲しいと、願わずにはおれない。
出航前の記事はこちらから。
Marina Del Rey, Calif.,
Abby Sunderland, 16-year-old California girl trying to sail solo around world, feared lost at sea.
6月5日の坐禅会に、遅参してしまった。誠に申し訳ないことだ。
坐禅が終わると、いつも書院でお茶を頂く。本堂から書院へ渡る間には、石積みの水路がある。鎌倉時代の遺構とのことだ。溝の上にほたるが光っている。光が水面に反射して、揺らいでいる。
今回の参加者は9名であった。「坐禅和賛」の発表と意見交換に、熱が入る。それぞれ異なった角度からの、思い切った見解表明は、とても刺激になる。
「宗教は信じてはあかん、疑って、疑いを尽くして初めて、信じられるものや」
柳田聖山先生の言葉である。きょうは、生々しく思い出した。白隠の言葉としても、そのまま鵜呑みにするわけにはいかない。
門を出る前に大山蓮華に足を運ぶ。暗黒の藪に、白い花がボーと浮かんでいる。鼻を近づける。なんと高貴な香りだろう。どんな名香も及ばぬような、気高い香りである。一年間、生きていてよかったと思える瞬間であった。
来月の坐禅会は、7月10日(土)に決まった。8月は21日(土)である。来月から開始時刻は19時から1830時へ変更となった。途中から参加してもらっても、一向に差し支えない。坐禅後は2130時まで、発表と意見交換を行うことになる。
■ 『白隠禅師坐禅和讃』 経文 現代語解釈 『智光院』
六趣輪廻の因縁は己が愚痴の闇路なり
闇路に闇路を踏そえていつか生死を離るべき
(ろくしゅりんねの いんねんは おのれが ぐちの やみじなり
やみじに やみじを ふみそえて いつか しょうじを はなるべき)
人間は、地獄・餓鬼・畜生・修羅・人間・天上、という6つの世界(六趣または六道)を生まれ変わる、とされ、それは「輪廻転生」と言われています。
悪行の結果として、地獄・餓鬼・畜生の3つの悪趣に生まれ、善行の結果として、修羅・人間・天上の3つの善趣に生まれる、とされています。
そして、苦しみからの解脱は、3つの善趣に転生すること、と考えています。
しかし、そのような考えは、私たちが愚かで、仏心を信じないがために、そう考えるのです。
もともと釈尊の教えでは、私たちの苦しみには、必ず原因があり、その原因を無くせば苦しみは消滅する、という考え方です。
その教えを知らないから、私たちは輪廻転生に、救いを求めているのです。
それは、暗い夜道を、灯りも点けずに歩いていくようなものです。
暗い夜道を歩いていっても、目的地に辿り着くのは難しく、これでは、苦しみから抜け出すどころか、さらに苦しみの迷路に入り込んでしまいます。
慈眼院 座禅会 井内 道登